元犬 台本
浅草蔵前の八幡様に一匹の白犬がいつのころからか住みつきまして「おい白いからな人間に近いんだぞ今度生まれ変わるときは人間に生まれ変われよ」なんて人間が声掛けますから当人も、当人ってのはおかしい、犬でございますから当犬とでも言ったほうがよろしゅうございます。すっかりその気んなっちまいまして、「そうか人間になりたいなぁなんていつも思って八幡様に願掛けしようということになって三.七.二十一日の間、はだし参りをいたします。まあ犬ですから元から裸足なんですけどもね。
満願の当日になると冷たい風がぴゅーと吹いてきたかと思うと「あー、毛が抜けた。なんだぁ?指がシュッとなって、人間になっちった!ありがてぇな、願いがかなったんだ。八幡様どうもありがとうございます。ハークションでも寒いね、素っ裸だから弱ったねぇ、あれ上総屋の旦那だよぉ犬の頃からねあの旦那にずいぶんお世話になってるの骨やなんかをもらったりなんかしてねぇ。よし、声かけてみよ。旦那ァ!」
「なんですか、あんた素っ裸じゃないですか。なんでこんな所で裸でいるの?」
「へへ、寒くてしょうがねぇお腹も減っちゃったんです。旦那あれですよね、口入れ屋さんでしょ?あの私ね奉公したいなと思いまして」
「よく知ってんなぁあたしのことこれちょうどよかった。ひとり探してたとこなんだよ。じゃ家にしてもらおうかな。来てください来てください。はいはい、うちは知っているかい?」
「よく知ってますよ、女中さんに水ぶっかけられますんでね。」
「そんな乱暴な女中はいないよままいいや、☆こちらに上がってくれそこに桶があるから足を洗ってね、綺麗に洗ってくれよ、うん、あらったまんま上がってきちゃいけませんよ全く、ぇぇ?足をぷるぷるっと振らないの飛沫が散るでしょ、その雑巾で拭きなさいよ。いや雑巾でこう床拭きなさい。お前さん孝行したことあるねぇ?こんなはじめてですぅ?そうかい?その割にはこゆ形が板についてるよお前さん。あらら、そうかいそうかいじゃまた雑巾ゆすぎだしてな固くぎゅっと絞っといておくれ。いやそのぞうきんを固くきゅっと絞るの、きゅっと絞った水をなぜ飲むの?お前さんは。飲むならきれいな水を飲みなさい。お腹減ってるかい?おまんまをね。たくあんは食べたことあるかい?」
「たくあん?食べたことないですねぇ、」
「あぁそう?じゃあ干物は食べたことあるかい?」
「干物ですか!?干物は大好きですよ!頭からバリバリ齧るんですよ。歯が強いんでねぇ噛み合いでは負けたことないんですよ」
「この変わってる人だなこの人。まいいや。じゃ着物着とくれ。んー、まずした帯をふんどし締めなさい。なんでふんどしを加えるの?ふんどし加えて食べちゃいけないよ。着方が分からない?じゃあ袖を通すの。そうそう。ちゃんとしてね。うん。それで帯を締めなさい。帯を締めたことがない??じゃあたしが締めましょ。パンこれで良し。いやーどうだい色が白いからよーくに合う。お前さん決めた。私の知ってる旦那でね、奉公人を探してる方が傷んだ。その人は変わってる人でね、変わった奉公人が好きなんだよ。ご隠居さんがいますからそこへ行きましょ、ねぇ、着いといで、」
「はい、お供致します」
「なんで這って来るんだい、はわなくていいの、二本足で歩きなさい」
「なんか手がムズムズしていけないんです」
「なにやってんの?そこでなにやってんの?」
「あそこに猫がいるんす、うー、」
「なんで猫に怒ってんの?」
「やな奴なんです、こないだも引っかかれましてね、一勝一敗なんです。」
「なんだね、一勝一敗て、」
「まあいいこっち着いといで、☆どうもごめんください隠居さんいらっしゃいますか」
「こんちわ、おやおやこれは誰かと思ったら上総屋さんですか、さあさあどうぞこちらにおあがりになって、変わった奉公人というのは見つかりましたかな。」
「パン今日はねごくごく変わったのを連れてまいりました」
「えーーそりゃあ楽しみで。えー、でぇどちらいらっしゃる?」
「どちらって、そこ。あ、ご隠居さんごらんなさい。あの敷居の上あご乗っけて、こうやって寝そべってるでしょ。あれがそうなんでございます。こっちいらっしゃい変な恰好してないで、よくご挨拶申し上げて」
「よろしくお願いします」
「はいはいよろしくお願いしますよ」
「で。この方いつから来てくださんの?え?今日から?そりゃ助かるなぁ一つよろしくお願いしますよ。」
「えぇ、また二三経ちましたらねぇ様子をうかがいに来ますからねぇ。えぇい!どうもごめんねぇ」
「あー上総屋さん!あらまぁいっちまったまぁそそっかしい男で、お前さんのことなんにも言わずに行っちまったな早速にも聞きたいんだけどお前さん国はどこなんだい?生まれは?んん?生まれどこなの?」
「えぇ浅草蔵前の八幡様ですよ」
「ほーん八幡様。ふーん八幡様はどの辺だい」?
「へぇ豆腐屋と乾物屋!入ったとこです!」
「あれはあたしの寡作だよ、こりぁ奇遇だね。うんうんあの長屋の何軒目だい?
一番突き当りですよ!」
「突き当り???」
「つうううう突き当り?突き当りは確か、、掃きだめじゃなかったかい?」
「へぇそら掃きだめの中で生まれたんです!」
「えらい!年は若いが偉いねぇ、自分の生まれた所を掃きだめのような所で生まれ
ましたなんてしげしようなんてところはできるようなこっちゃない。結構、結構うん。
でお前さんのご両親どうしてるの?おっとつぁんは?」
「おとっつぁんは??え?え?え?えぇ~お?と?っつぁん?おと? あぁ~!!オスですか?」
「おすってやつがあるかい。おとつっつぁんですよ。うん?」
「おとっつぁんは周りのうわさでは、えー酒屋のブチがそうではないかと」
「何馬鹿なこと言ってんだいこの人、あっお前さんのまだ名前も聞いてなかった。こりぁ失礼したねぇ。お前さんの名前はなんてぇの?」
「へっ!しろっててんですよ。」
「なに?」
「しろっててんです。」
「しろ?しろぉだけじゃないでしょ?白太郎とか白吉とか何とか」
「いや、ただ、しろ」
「忠四郎、、、!いい名前だねぇ役者さんみたいな名前じゃないか結構結構!あぁうちにもねぇ元って女中いてな今買い物に行ってんだ。あぁ~帰ってきたら3人でお茶でも飲みましょ。あの、あたし、そのほら、気になってんだよ。ほら火鉢の上に鉄瓶のってお湯がちんちん言ってんだろ?蓋切らねぇてと湯が吹きこぼれちまうんだ。おらっ鉄瓶がちんちんいってるよ、ほらちんちん」
「あ?あたしあんまり得意じゃない」
「何をいってんだいこの人、ほら鉄瓶がちんちん」
「あぁそうですかまぁそこまで言うならやりますけどね?へぇ、こんな形で一つちんちん」
「何をしてんだいこのひと、いやそれはあたしがやる」
「そのあ茶を焙じるホイロをとっとくれ」
「へ?」
「ホイロとっとくれホイロ」
「うー」
「何をうなってんだいこの人」
「ホイロだ、ホイロ」
「うー、わん!」
「ホイロだよ!」
「わんわん」
「吠えろじゃなよ!ホイロ!」
「わんわんわんわんわんわん」
「おい変な人だなこの人、こんな変わってなくてもいいんだけども、おーい誰かいないかい、元はいないかい元はいないか、元はいぬか?」
「へぇ、今朝ほど人間になりました。」